季節ごとの八ヶ岳の日々、音、響きを感覚全開で綴ります。
今の季節、お散歩しているとどこからともなく漂ってくる柑橘系のさわやかな香り。ふと足元を見るとカヤの実がたくさん落ちているのでした。
カヤは耐陰性が強く、比較的お日様の光が少なくても生きていける樹木なので、鬱蒼とした森をお散歩していると、突然現れたりします。
そしてそんなとき、私はカヤの持つ雄大な時間軸に思いを馳せるのです。
長生きしてもせいぜい100年くらいのヒトに比べて、樹木の中には、その成長はゆっくりでも何百年もの間生き続ける木があります。カヤも一番長生きとされている木は樹齢900年。とても樹齢の長い木のうちの一つです。受精してから10か月ほどで出産するヒトに比べて、カヤは花をつけた翌年の秋に初めて実を結びます。
花の散った後、一年以上かけて、焦ることなくゆっくりとエネルギーを内包しているのです。そして翌年の秋、美しい緑色の実を結び、次の命に繋ぐ種を落とします。
実を傷つけると柑橘系の香りがしますが、種の周りの香りはその強さを増します。ゆっくりと蓄えたエネルギーが香りを放っているような、そんな感じがするのです。
カヤはとてもゆっくりとした速度で成長するため、材として人が使えるようになるまでには300年以上の歳月が必要で、そのためにカヤは「幻の木」と言われています。
樹齢が長い木にはその分の時間が詰まっており、カヤ材でできたものは、カヤが切り倒されるまでの時間を内包しています。
カヤ材の中には、カヤの周りでカヤとは違う時間軸で生きる草花や虫、鳥などの、生まれては消え、消えては生まれるという、幾通りもの時間が何層にもなって入っているのです。そんなたくさんの生き物たちの時間を内包しているからこそ、幻の木、カヤは仏像の材として使われ、空海はカヤでできた数珠をしていたのではないでしょうか。
カヤは日本の人の暮らしと昔から関わりの深かった樹木で、カヤという名前は、昔の人がその枝を燃やして蚊遣りにしていたからだという説もあります。実から絞った油を灯火油として使っていたこともあり、昔は家の周りによく植えられていたそうです。
カヤの実は榧子(ひし)という生薬でもあります。虫下しの薬として昔は利用されていたようです。
また、カヤの実は縄文時代から食べられていた日本古来のナッツで神饌(しんせん 神様へのお供え物)であり、神道と密接な繋がりがある相撲のお祭り、土俵祭りでは、土俵の中央にカヤの実を沈めます。
地方によっては縁起物としてお正月にその実を食するところもあるそうです。
寒さを増したここ八ヶ岳で、そんな素晴らしいカヤの実を頂きながら、今日も、人の暮らしと植物と神様が近かった時代に思いを馳せるのです。