HOME CULTURE & LIFE COLUMN 9時間目「九九」狂騒曲♪(前編)

小学校2年生の我が家の長男も、ついに「九九の洗礼」を受ける時期になりました。

これまで算数が大好きで、「むずかしいは楽しい」と言っていたのに、
ここのところ、気持ちが不安定になったり、学校に行く足取りまで重くなったりしています。

恐るべし「九九」のプレッシャー!!(笑)

通信教育大手ベネッセが実施したアンケートによると、子どもたちにとって最も難しいのは7の段で、実に43.4%が「つまずいた・少しつまずいた」と回答したそうです。

さて、ここで、一つの疑問が湧きます。
塾講師の立場から見ても、親としてわが子の理解度を見ても、
九九より、もっと複雑でむずかしい単元はあったはずなんです。

では、なぜ、「九九」になると必要以上に「つまずき」を感じるんでしょうか?

そこで、我が家でも授業での様子を聞いてみました。

  • 新しい段を習うと「班ごと」に前に出て行って、みんなの前で「一人ずつ」暗唱する。
  • 間違うと一番後ろに並び直す。(言えた人から席に戻るという方法のようです。)

塾に通う他の小中学生に聞いてみても、多かれ少なかれ似たような方法が行われていることがわかりました。

中には「クラス全員が並ばされて、前から順に暗唱する。前の人が間違えずに言えるまで、次の人は『待たされる』」という方法を経験した生徒もいました。
この生徒は「間違えると後ろに並んでいる友だちの舌打ちが聞こえてきて地獄だった」と教えてくれました。これは、かなりしんどかったでしょうね。

このような「指導法?」は、よく解釈すれば「競争心」や「優越感」を巧みに刺激しているとも言えますし、班やクラスの「一体感」を出そうとしているとも言えるでしょう。

しかし、逆に言えば、「劣等感」や他の生徒に対する「罪悪感」を利用しているとも言えます。
先に「できた子」が、「連帯責任」という価値観で「できない子」を追い詰めていくといったことも起こり得ます。

本来「学びへの動機は、まず自分の中で育てるべきもの」だと思います。

「怒られないと勉強をしない」とか「罰ゲームがあるから宿題をやる」といった場合と同様に、
「九九」が言えないと「恥をかく」からとか、班やクラスの友だちに「迷惑をかける」からという動機付けは、結局のところ「外発的な動機付け」でしかありません。

「外発的な動機付け」をきっかけにした「学び」は、短期的にはゲーム感覚で前向きに取り組んでいるようにも見えますが、中長期的に見ると、かえって「内発的な動機付け」を低減させてしまうということが知られています。

これを心理学用語では「アンダーマイニング効果(Undermining effect)」と言います。

それまで、算数が好きで、「自発的」に学んでいた子どもたちが「九九」の時期を境にベネッセのアンケート結果にあるような心境に変わる原因の一つはこんなところにあるのかもしれません。

さて、もう一方で、そこまでのリスクを冒しても「九九」には取り組むべき価値があるのか考えてみたいと思います。

実は世界の国々には「九九」を重視していない、あるいは発音の特性上、「語呂合わせなど」があまり有効ではない国々もたくさんあります。

「九九」に慣れ親しんでいる日本人からしてみると「九九」を使わず、どうやって「掛け算」をしているのか想像もできないかもしれません。

しかし欧米などでは、意外と高学歴な人の中にも「九九(掛け算の答えの暗記)」を覚えていない人が多いそうです。

例えば、数学のノーベル賞と言われる「フィールズ賞」常連のアメリカ、デカルトやパスカルなど偉大な数学者を輩出しているフランスをはじめ、イギリス、ドイツなど欧米諸国では、それほど「九九」は重視されていません。

また、国際的な学力調査上位国の北欧やシンガポールも同様です。これらの国々では、小2から小5くらいまでかけて、「自然に覚えられればラッキー、覚えられなければ電卓を使えばOK!」くらいのゆる~いスタンスです。

では、これらの国々の大人たちは「7×9」を、どうやって計算していると思いますか?

彼らの多くは「『70(=7×10)-7=63』に決まってるじゃん」と答えるそうです!

少数派かもしれませんが、もちろん日本人の中にも「九九」に縛られない、自由な発想で数学を見ている人はいます。

今回は、最後に、そんな日本人のお一人を紹介して終わりにします。

東大薬学部、大学院を首席で卒業し、現在は東大で薬学博士を務める池谷裕二さんです。
コピーライター糸井重里さんとの対談本「海馬」の中で「九九」について、こう触れています。

糸井:「九九ができないと言うと、池谷さんって「9かける8」をどう計算するんですか?」
池谷:「90から9を2回(18)引くと「72」って出てきます。」
糸井:「今でもやってるんだ?」
池谷:「ええ。最近は電卓に頼っちゃうけど。」

どうですか、ほんの少し「九九」の呪縛から解放された気がしませんか?
これで9時間目の授業を終わります。

村上 陽一(むらかみよういち)
・小学校時代は、野球、サッカー、陸上と、いわゆる「暗くなるまで外にいる」タイプ。
・中3時に新設された茅野市立東部中学校に移り、初代生徒会長及び文化祭実行委員長を兼任。
・清陵高校に進み、サッカーにバンド活動、清陵祭実行委員長と高校生活をエンジョイ(笑)。
・国立東京学芸大へ進学。この頃の優先順位は「バンド→塾でバイト→勉強」と、さらにエンジョイ(苦笑)。
・1999年、東京都東大和市で独立起業し学習塾を経営。後に母の看病のために塾を譲渡し帰郷。
・2005年、都市部とは異なる地域のニーズに応えるべく茅野市に学習塾『学び舎Planus(プラナス)』を設立。
・2015年、母校東部中学校の初代同窓会会長、学校評議員、コミュニティスクール運営委員を務める。

~最近では~
・子どもが算数大好きになるには、まずママからと「ママが楽しむ算数講座」を開講。
・東部中学校内で「放課後自習教室」をサポートするボランティア活動をスタート。
・不登校のお子さんのための居場所、学習支援を行う『Glück(グリュック)』を始動!!
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