日本にとって、おそらく重要な転換点になるであろう「2020」がスタートしました。
とりわけ「学校教育」のあり方は、大きく変わる、あるいは、変わらざるを得ないような一年になるのではないでしょうか。
連載は残りわずかとなってきましたが、どうか今年もよろしくお願い致します。
さて、前回に引き続き、もう少しだけ「九九」を取り上げていきます。なぜ、そこまで「九九」にこだわるのか、不思議に思われる方もいるかもしれません。
実際、私が「九九」の話をすると、「でも『九九』ができて困ることはないでしょ?」と言われることが多々あります。
でも、「『九九』ができても困る人が多い」ということを忘れてはいませんか?
つまり、「九九」がスラスラ言えるようになった子どもたちの多くも、小学校高学年や中学生になる頃には、算数が苦手になったり、数学がキライになったりしていくことを忘れている気がするのです。
そこで、今回は、その原因に迫ってみたいと思います。
●まずは「九九」の取り上げられ方です。
どういうわけか、低学年の算数の中でも「九九」は「一大キャンペーン」になりがちです。
先生たちは専用の冊子を作り、ご褒美シールなども用意します。お家の方たちもストップウォッチ片手に宿題を手伝うなど、全面的に協力が求められます。教室の壁には「九九」の表が貼られ、中には「九九」をクリアした児童が表彰されるような掲示物や表彰状、メダルなどを用意する熱心な先生もいます。
各種家庭用教材や通信教育各社なども「九九」のための特集や付録を充実させ、「暗記用CD」や「九九マシーン」のような販促グッズにも気合が入ります。
営業的にも「九九」は大きなビジネスチャンスと捉えられているのでしょう。
そう、まさに「一大キャンペーン」なのです!
しかし、やはり、私には「大きな疑問」が湧いてくるのです。
それは「どうして、『九九』だけが、こんなにも特別扱いされるんだろうか?」という疑問です。
例えば、小学校低学年の単元の中には「時間と時刻」や「長さの単位」、「かさの単位」など、
その後の算数や数学の学習にとって欠かすことのできない重要単元が他にもたくさんあります。
中学生や高校生まで教えていると、数学で伸び悩んでいる子どもたちの多くが、これらの単元を苦手にしているという場面によく出くわします。
ところが、学校で、「時間と時刻」が理解できるまで徹底的に居残りをさせたとか、教室の壁に「時計が読めるように」なった児童から名前を貼り出したとか、そういう指導をしていたという話を、これまで、一切聞いたことがないのです。
これの何が問題かというと、子どもたち(あるいは保護者のみなさん)は、基本的には学校を信用していますから「学校が大きく取り上げる」ということは、「『九九』は相当重要に違いない」と思い込んでしまう点です。
実際に指導要領で決まっている授業時数を比べてみると、小学校2年生の年間カリキュラムのうち、「『九九』には約39時間」が割りあてられているのに対して、「表・グラフ・時計」という重要な単元には…
なんと、「3単元合わせて、たったの6時間」しか割りあてられていないのです!
扱われる授業数も少なく、対応する宿題が出される期間も短いわけですから、一時的には気になっても、いつの間にか印象が薄くなるのは当然のことでしょう。
また、「九九」がスラスラ「暗唱できる力」と「算数や数学の考える力」の間には、本来、相関関係はありません。
「『寿限無』を人より早く暗唱する能力があったからといって、算数や数学もできるようになる」と考える人が、おそらく、ほとんどいないのと同じようなものです。
さらに、これこそが「『九九』狂騒曲」の最大の弊害だと思うのですが、「『算数』は『暗記科目』だ」という間違った認識が、この「九九」の学習を通して刷り込まれてしまう子どもが、かなりの割合で存在するという点です。
「九九」の暗唱ができただけで「掛け算」を理解したつもりになるタイプの子が、「分数の割り算」の計算法を覚えると「分数」が理解できたようなつもりになり、「は・じ・きの公式」を使って解けただけで「速さ」を理解した気になるというふうに、
算数や数学は「『公式や計算方法』を『暗記』すれば何とかなる科目だ」というふうに思い込んでしまうと、そこから抜け出すことは容易ではありません。
意外とスムーズに「『九九』の暗唱」を乗り越えた子どもたちが、逆に、その後の算数や数学でつまずく大きな原因の一つがここにあると思います。
本格的に算数を学び始めてから2年も経っていない、純粋で、先生の言うことを従順に受け止めてしまう小学校2年生たちです。良くも悪くも、大人が思っている以上に「九九」の授業を通して受ける影響は無視できないのだと思います。
少なくとも保護者のみなさんには、この「『九九』狂騒曲」を煽るのではなく、少しクールダウンさせるような方向で声を掛けたり、見守ってあげたりしてもらえたらと願うばかりです。
最後に、先日、「九九」に翻弄された我が息子と訪れた図書館で偶然見つけた絵本が、とてもタイムリーで、勇気づけられる内容でしたので紹介したいと思います。
「算数の天才なのに 計算ができない男の子のはなし」
(著者:バーバラ エシャム、日本語訳:品川裕香)
「計算や九九が苦手な主人公」が、やがて数学オリンピックの代表メンバーになっていく姿を見て、驚いたような、そして、うれしそうな表情を見せた我が息子。どうやら、自信を取り戻してくれたようです。
これで、今回の授業、そして我が家の「『九九』狂騒曲」も無事に終演を迎えられそうです。