HOME CULTURE & LIFE COLUMN Vol.1「春を告げるヨモギ団子」

@尽日舎

標高1300m八ヶ岳の麓の我が家にも今年は例年より早い春がきた。

想定内って言えば想定内だけど、雪が積もるほどの寒さが戻ってきて、またあたたかくなる。

それでも鳥がさえずると寒くても春が来たんだと思う。ありとあらゆる植物が芽吹いて、春を一斉に謳歌するのはもう少し先の話。春もいっきにはやってきてくれなくて、でもそれがまたうれしい。

そんな春の訪れを我が家で一番待ち遠しく思っているのはおそらく、二番目のムスメである。

ムスメには「広汎性発達障害」「自閉症スペクトラム」「中程度知的障害」というなんだかご立派な障害名がいくつもついている。
 
コミュニケーションがうまく取れないし、人の話を全く聞いていない。興味のないことにはとことん興味を持たない。

そんなムスメだが、学校生活を送っているとそれなりに興味を引くこともでてくるらしい。これまでのベスト3に入る「興味持った出来事」のなかに「ヨモギ団子作り」がある。小学校一年生の年に、クラスでヨモギを摘んでヨモギ団子を作ったらしく、その時はよほど楽しかったようだ。

標高の高い我が家の周辺では、うまい具合に学校より少し遅いタイミングでヨモギが生えてくる。あまりに嬉しそうに摘むので、その年はじめて家でもヨモギ団子を作ってみた。張り切って摘むので、ずいぶん緑の濃い香り高い団子になった。

それから三年。
毎年春になるとヨモギ団子を作るようにしている。

今年もうっすら雪が戻ってきた日の夕方、冷たい風が吹く中でほんの小さい芽を見つけた。

ムスメの細い指の先ほどの小さなちいさなヨモギの芽。一緒に歩いていたわたしはまったく気づかなかった。

呼ばれて振り返ったときにはもう、ムスメの頭の中は団子でいっぱいだ。

 ヨモギ団子作ろうね。
 お餅を作ろうね。
 きな粉とあんこで食べようね。

歌うように唱えながら歩き出す。

でもまだまだ芽が小さいね。
そこは道のそばすぎてダメだね。

その一歩一歩踏み出す速度で、記憶を引き出すようにつぶやく。

横断歩道で左右の確認をすることはまだできないけれど、あんまり道端に近いヨモギは採らない方がいいこともちゃんと覚えている。時計の10分後が何分かはわからないけれど、小さすぎる芽を無理やりむしったりもしない。

聞いちゃいないようでも、ちゃんと聞いてるし、

見てないようで、見てるんだよね。

今年もやっと草木が芽吹く季節がきて、我が家にはヨモギ団子の季節が到来です。お団子に飽きたらマフィンにパンケーキ。よもぎの季節はお楽しみがいっぱい。

こんなときは本当に、ムスメとここに住んでいることを幸せに思うのです。

これから、そんなムスメとのちょっと変わった日常をときどきお届けします。

イラストレーター、グラフィックデザイナー、ライター
田中ゆきこ
静岡県出身、1995年、高校2年の秋に八ヶ岳に移住。標高1300mの森の中在住。
小さい頃から絵や文章を書くのが好き。全く違う勉強をしてきたはずなのに気づけば絵や文章に携わる仕事ばかりしている。グラフィクデザイナー、編集者などを経て「尽日舎」を設立。印刷物のデザインやイラスト作成、記事、コピーの作成などを手がける。
二児の母。次女は妊娠24週、720gの超低出生体重児として生まれ、「広汎性発達障害」「自閉症スペクトラム」「中度知的障害」を持つ。田舎で働きながら障害児を育てることの難しさを痛感することもあるが、八ヶ岳でしか味わえない「子供時代」を過ごさせてあげたいと奮闘中。
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