HOME CULTURE & LIFE COLUMN Vol.2 夏の立つがゆへ也
茅野市で自宅を開放して「いちにち絵本喫茶」を主宰している店主・いさみなおこによる大人のための絵本コラム

八ヶ岳、初夏。夜に外へ出てもふんわりと生暖かい。信州の刺すような冷気が朝晩から少しずつ離れて行き、気がつくと季節が動いている。

夏の立つがゆへ也

五月、立夏を迎えた八ヶ岳では、いつの間にかカエルの鳴き声が聞こえてくるし、背中に汗が流れて日射しの強さを感じる。そうすると自分の足元の影も短くなって夏の気配がすぐそこにあることに気がつく。みんな”夏の立つがゆへ”なんだ。ああ夏が始まったんだなぁと思う。

夏の立つがゆへ、は立夏の言葉だけど、暦とはよくできている。あらゆることにたゆまなく時が流れていることを知り、それに目をとめ季節を端的に書き取った先人たちの言葉。

それだけ自然と一体感のある暮らしだったのだと想像して、いま私たちはどうかと考えると自然からはやっぱり遠く、物理的にも精神的にも距離がある。でも自分とともにすぐ横で変わり続けているのだから、見ようとさえすれば見えるはず。なんだかもったいない話ではないか。私たちはもっと周りのものに思いを馳せて、実は手の中に在ることをもっと実感してもいいと思う。ここにはハッピーの匂いがする。

日常に暦の感覚が入ると、風景や彩りが足されて、自然の営みと呼吸が合うことの充足感も湧いてくる。

『えこよみ』©Think the Earth Project・松尾たいこ

そんな季節の移り変わりを柔らかなイラストで感覚的に描いた松尾さんの二十四節気絵本。巻き物みたいに横に流れるイラスト。ふわっとした空気がページをめくるたびに紙面から立ち昇ってきて嬉しく読める。感性で観ることにも気づかされたりする。考えるより感じる本というのは貴重だ。

Think the Earth Project から世に出たえこよみファーストブックの本書。
実はこのプロジェクト、えこよみのアニメーションまであって面白い。
こちらは横須賀令子さんによる墨絵アニメーション。

うごくえこよみ

うごくえこよみ(greentvjapan公式チャンネル「生物多様性アクション大賞」GreenTV賞受賞作品)

そこに動きが加わるだけで、一歩踏み込んだクリエイティブなのだけど、本来季節は移り変わるものなのだから、むしろアニメーションでの表現が本質的なのかもしれない。事実、濃淡とほんの少しの着彩で1年を綴った、匂い立つような映像に魅入ってしまい、絵本とはまた違う楽しみ方ができた。こういうの好きな人もいるかもしれない。私はとても好き。

そして暦は回って五月半ば、寒さは過ぎ去り、夏解禁と信じて疑わなかった私たちを横目に、一気に冷え込んで冠雪した八ヶ岳には一瞬ぽかんとなったけど、すぐに夏らしい気候に戻って、積乱雲まで見られるようになった。信州の空は表情豊かで面白い。雲が大好きな人が書いた雲ばかりの絵本もあるけれど、清々しい青い空が印象的な長田さんと荒井さんの絵本『空の絵本』を手に取った。

『空の絵本』©長田弘・荒井良二

この本は、雨が降り出してから晴れあがってゆくまでのドラマのような絵本。初めてこの絵本を読んだとき、気象を描くだけで物語になるんだと、とても感心したのを覚えている。でもそれも書いた人と描いた人の感性ゆえであり、長田さんすごい、荒井さんすごいとなる。言葉と絵の力、信じて大丈夫と思える一冊。

そして娘の制服は間着となり、私も半袖、裸足で過ごすことが増えてきた五月も終わり頃、すぐ近くの富士見町でおおかみ展が開かれるというので夫と一緒に行った。

オオカミをモチーフにした作品が隣り合うセレクトショップとお酒を振る舞うイベントスペースに展示されている。ユニークでちょっと飛んでいるもの、繊細で優しいもの、ポップで可愛いもの、いろいろ。楽しく見て、可愛いオオカミのスカーフを一つ、お持ち帰りする。

そもそも環境回復のテーマとなっているオオカミに以前からとても興味がある。これまでも何度か講演を聴きに行っていて、今回のおおかみ展もオープニングのトークイベントが目当ての一つ。そこでオオカミのお話を聞きながら、童話の「赤ずきんちゃん」が人に植え付けてきた、“オオカミ”は恐い、人間と敵対する恐怖である、という刷り込みの話には、西洋ではさもありなんと思う。彼らの宗教観や牧畜文化が広がったヨーロッパでは対立構造と悪の存在は容易に結びついてしまう。

『おいぬさま』えほん遠野物語 © 柳田邦男・京極夏彦・中野真典

さてでは日本ではどうだったのだろう。オオカミの絵本たくさんあるけれど、日本人にとってのオオカミとはどんなものかとてもよく表している絵本がある。柳田邦男の遠野物語「おいぬさま」だ。

これは本当に怖い話だ。絵本でもぞくぞくするほどの怖さでいっぺんの甘さも赦さず、オオカミが圧倒的な存在として登場する。でも読んでみてしみじみと赤ずきんちゃんとは決定的に違うものがあることがわかる。オオカミが恐怖ではなく畏怖として描かれていること。日本では自然の脅威に抱く思いと同じものとして扱われ、その具現化されたものとしてオオカミがあったと言える。人様が傲り高ぶってしまわないように、昔話で欧米と日本でこうも違うと思い至った五月の終わり。

この時季はさわやかな甘味が欲しくなる。

オーガニックのレモンが手に入ったので、水切りヨーグルトで作ったさっぱりレモンムースにアップルミントを添えて。宇治抹茶をいただきながら。
苦みと酸味と甘味のコラボ。美味♪

それではまた来月。

いちにち絵本喫茶店主
いさみなおこ
八ヶ岳の麓でときどき開催しているブックカフェ「いちにち絵本喫茶」を主宰。
オープンハウスにした自宅で、蔵書約1200冊の絵本と毎回テーマのある絵本を選書して、みなさまをお出迎え。こだわっているのは「絵本の体験」と、美味しく安心して食べられる自家製おやつ&飲みもののある読書の時間。日々が豊かになる絵本のある暮らしをみなさんへ。
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