前回、「試行錯誤」を「trial and error」と訳したから…
というわけでもありませんが、今回は珍しく「英語」をテーマにしてみようと思います。
私も含め、かなりの年数と労力をかけてきたにも関わらず、英語に不安を抱えている日本人はたくさんいます。
実際、TOEFLの結果を見ても、2017年の調査で、日本はOECD加盟36カ国中、最下位という結果でした。また、アジア29カ国中でも26位となっており、他の分野の教育水準と比べても、際立ってひどい結果と言わざるを得ません。
一昔前なら、「読み書き中心だからだ」とか、「文法ばかりやっているからだ」とか、「中学からでは遅い」とかいう批判もできたかもしれません。
しかし、2006年からは、センター入試でも「リスニング」が導入され、指導要領が改訂されるたびに「英会話的な要素」を増強し、「学習開始年齢」を早めるなど、それなりの対策を講じてきたにも関わらず、ほとんど改善が見られないのですから、別の原因を見つけないことには対応策も見つからないのではないでしょうか。
そんなことを考えているとき、同じ「ハチモット」で連載されている唐戸友里さんのコラム「ヒュッゲな手芸くらし」に目が留まりました。彼女の5縫目のコラム「言葉の壁?!」の中で、自身の貴重な体験を語ってくれていますので、少し紹介させていただきます。
~クラスメイトとの会話の中でも、あーこのこと伝えたいのになんて言ったらいいんだろう?
わからないから言うのやめておこう
とか。
そういうのを繰り返していると、ずっと何かつっかえてる感じがしていました。
でもみんなと一緒に過ごしていくうちに、そんなことも気にならなくなり、間違っていてもとにかく言葉を発するように。
しかも、必死で伝えようとするので、言葉の吸収率も高くすぐ覚えられる!
なにより、きちんと聞こうとしてくれる先生やクラスメイト、みんながいるからなんだろうなー。~
私は、この実体験の中に、日本人が英語を使えるようになるためのヒントが、逆に言えば、日本人がなかなか英語を身に付けられない本質的な要因が二つ隠れていると思いました。
その一つ目は、日本人が「わからない」ときや「失敗しそう」なとき、発言や行動を躊躇してしまう、「過度なまでの謙虚さ」です。
「周りの人に迷惑をかけてしまうかもしれない」、あるいは「周りの人に笑われてしまうかもしれない」、どちらにせよ、授業やその場の「流れ」を自分一人のために止めてはいけないという気遣いが働いてしまいます。
しかし、言語習得には「失敗」や「間違い」がつきものです。
子どもが言語を使い始めるときを考えてください。子どもたちは数えきれないほどの言い間違い(それが、またかわいいのですが)を繰り返しながら、言語を習得していきます。
初めから美しい発音、適切な単語、完璧な文法で話せる2歳児がいたら、逆にちょっと気持ち悪いくらいでしょう。
つまり、英語や他言語を習得するために不可欠なモノを一つ挙げるとするならば、私は「間違ってもいいんだと心から安心できる場」なのだと考えます。
その点で、私が今、懸念しているのが、小学校英語の「教科化」です。
教科になるということは、「テストや成績表」とセットになることを意味します。そして、おそらく私立中学や中高一貫校では入試科目での採用も進んでいくことでしょう。テストとなれば、どうしてもミスを「減点」していくしかありません。
これまでも、拙コラムの中で再三触れてきたように、日本の学校・教室には「間違いは悪」という価値観が根強く存在します。そんな環境のままで、英語が「教科」になれば、子どもたちの中に、英語も「間違ったら減点される教科の一つだ」という認識が、より強く定着してしまうのではないでしょうか。
では、どうしたら、少しでも、英語や言語は「間違えながら習得するもの」という姿勢で学ぶことができるのか…
ということで、次回(後編)は、唐戸友里さんのコラム「ヒュッゲな手芸くらし」を読んで気づいた「もう一つのヒント」について触れていきたいと思います。
それでは、今回はこの辺で、See you next time!