HOME CULTURE & LIFE COLUMN 第4歩「棺桶に入るとき、私は」

こんにちは、“くらしまわり”山越典子です。
建築家、藤森照信さんの“追っかけ、入り待ち”藤森建築を建てるべく、土地探し真っ只中!
ここに至るまでの、いろいろなお話を綴っています。

藤森さんの追っかけとして長野県へ移住し、空飛ぶ泥舟のWSで念願の藤森さんご本人にも会うことができた私。
やったぁ!移住してきてよかったね~。

詳しくは
藤森旅館へつづく道 第1歩「雷に打たれた日」
藤森旅館へつづく道 第2歩「いざ!!長野へ」
藤森旅館へつづく道 第3歩「藤森さんとご対面」

実はその泥舟WSと同じ時期に、もう一つの大きな出来事があったのです。
今日は、そのお話。

八島湿原

WSに参加が決まったその頃・・・「骨髄バンクのドナー候補に選ばれた」とのお知らせがありました。
東京を離れる時に思いつきで登録を済ませていたのですが、すっかり忘れて、このタイミング・・・。

「あ、そうだった!」

少しでも人のお役にたてるのですから迷えません、ドナーになろう!
実際にドナーになる前にはいくつもの手順があります、面接・検査・採血・最終同意・・・。
はっきり覚えていませんが、こんなくらいあった様な気がします。

この期間の私は、WSに参加、ドナーになるためのステップ、WSに参加、ドナーになるための、WS、ドナー、W、ド、ド、ド~・・・。
と、仕事の合間合間にそれぞれをこなして過ごしていました。

どちらも順調に進んで、そして!泥舟が完成!!

それから少し経った頃、いよいよ骨髄提供の手術が行われます。

今、思い返せばこの絶妙なタイミング!
手術の日程が泥舟の完成後だったことや、全てのWSやドナーになるためのいろいろが、うまい具合に重ならなかったこと。

天の計らい!?いや、穂高養生園シフト担当のおかげとしか言いようがない。
今更だけどありがとう。

さて、手術は全身麻酔ですから3日ほど入院が必要になります。

着替ぇ~、洗面用具ぅ~、タオルぅ~、歯ブラシぃ~、充電器ぃ~
藤森さんの本~、もう一冊いれとこか~。

と生活必需品(笑)をカバンにつめ、病院へと向かいます。

初めての入院、初めての手術、初めてずくしでしたが、病院スタッフの方やドナーコーディネイターさんによりどんどん事が進んでいきます。

そして入院2日目にはいよいよ手術となりました。

手術は無事に終わり、全身麻酔がきれ目がさめると・・・
身体には何本も管が繋がり、少し動くにも不自由で不快感がともないます。
普段の体のなんとありがたい事か!

手術が終わるまで、ドナーになるという事の実感がないままでしたが、こうして手術が終わり、私の骨髄が遠くに運ばれていると思うと・・・。
もう患者さんの事を考えずにはいられません。

骨髄バンクでは、患者やドナーの情報がお互いに知らされず個人が特定できない様になっていて、少しの情報のみ事前におしえてもらえます。

私が骨髄を提供させてもらった患者さんは、関西地方に住む40代の男性・・・

40代なんて、まだまだこれからやりたい事もあるだろうに、家族もいるだろうし、子供さんも小さいかもしれない。
そんな人が生きる事にむかって必死で戦っている、ただ生きる事にむかって。

私が不便や不快を感じるそんな事よりも、何百倍も、何千倍も、もっと、もっと、想像もよらない様な大変な思いをされている。
そんな患者さんやご家族の事も思うと・・・。

胸の奥がきゅーっと縮まって、手術のどんな痛みよりも苦しかったのです。

どうか、どうか、良くなってください。
本当にそれだけ。

そして、そんな気持ちが少し落ち着いてくると。

私は不思議な感覚になっていったのです。

私はどう?私を生きてる?

当時の私は、
いつか宿的なものがやりたいけど・・・、手頃な物件あればいいけど・・・。
もし、老舗和菓子屋の長男坊と結婚する事になったら・・・
毎日あんこ丸める生活になるだろうし・・・。

と、けど、けど、ばかりで、他人ありきでのらりくらり。
私は妥協した夢をみて、まだ見ぬパートナーありきで人生を考えていたのです。

(※和菓子屋さんに嫁ぐ話は妄想のお話、和菓子が好きで良く作っていたのであんこ丸めながらそんな話をよくしてました。)

違う違う、本当は。

と、初めてその2つが結びつきました。

「ポン!」(手を打つ音)
「パチ!」(目が開く音)
「ピカ!」(光が差し込む音)

私が棺桶に入る時、人生を振り返って何か後悔するとしたら、それは藤森旅館をやろうとしなかった事。

藤森建築で宿がしたい!

その時、病室の窓から見える遠くの空で、雷が光ったのをよく覚えています。
なんだか大いなる自然に祝福された様な、そんな気がして安心感で涙がこぼれました。

身体に繋がった管は順調に外され、経過も良好!
退院の日がやって来ました。
入院中に長くのばした髪が自分を(女を)縛っている様に感じられて、これはもう必要ない!と退院したその足でバッサリと髪を切りました。
スッキリ!

職場であり家でもある穂高養生園に帰ると、驚いたのは手術の心配をしてくれていたスタッフたち・・・

「髪、髪の毛?どうしたの!?」

「骨髄バンクと関係ないよ(笑)でも、生まれかわりました」

と、そんな訳でその後の私は迷う事なく、
藤森旅館へつづく道”へとまっすぐにすすんで行くのです。

今、改めて思う事。

骨髄バンクでは患者さんがその後どうなったか、知らされないルールなのですが、お元気になられていると心から願っています。
この事がきっかけで、生きる事ってどんな事なのか初めて向き合う事ができました。
ありがとうございます。
私には藤森旅館という目標がありますが、その前前提にある命や健康。
生きているという事がどんなに尊く、それだけでも充分と感じられる様になりました。

生きるために産まれてきた、鳥や獣の様に
ジブリ映画 “かぐや姫の物語”で姫がいいます、妊娠中や出産後に何度も見ては胸を熱くしたシーン。
大好きな映画です。

さて、次回は企画書持ってアタック!「嘘も方便、お茶会に行く」の巻き。
8月8日更新予定ですので、どうぞお楽しみにしていてください。

暮らし探究家
くらしまわり 山越典子
安曇野にあるホリスティックリトリートセンター穂高養生園にて調理を担当。2012年茅野市に移住。玄米菜食のお店「おいしい家」を一人で切り盛りする。出産のため一時休業。
2017年春より、大工の夫と共に「くらしまわり」をスタートさせる。おいしく食べること、丁寧に暮らすことの面白さを提案している。不定期でお料理教室を開催予定。
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