個人活動としては農業専門サイト「つちとて」を運営(休止中)。合気道初段(絶賛修行中)でもある。
八ヶ岳山麓には数多くの遺跡があります。国宝に指定された茅野市(尖石遺跡)の縄文のビーナス、原村の阿久遺跡、北杜市にも多くの遺跡が点在しています。その中でも富士見町の井戸尻遺跡は特別な存在です。今でも縄文考古学界の中では「異端」と呼ばれています。その理由は縄文時代に農耕文化があったことを主張しているからです。そもそも日本で農耕文化(農業)が始まったのはいつからでしょうか? 一般的には教科書などでも載っている通り、稲作などの農耕技術は弥生時代に大陸から伝わったとの説が有力です。しかし、井戸尻考古館の発掘を指導した藤森栄一さんをはじめ、井戸尻遺跡では発掘された石器や炭化物を手掛かりに縄文時代から作物を作っていたことを立証し続けているのです。
名著「甦る高原の縄文王国」
この本は2002年7月20日から11月24日にかけて井戸尻考古館で開催された藤内遺跡出土品重要文化財指定記念展「甦る高原の縄文王国」で開催された講演会・座談会の内容をまとめた講演録集です。井戸尻考古館の初代館長 武藤雄六さんをはじめ、二代目館長の小林公明さん、また映画監督の宮崎駿さん、文化人類学者の中沢新一さんらの話が収録されています。話した内容を文字起こししているので、学術書を読むよりもすんなりと内容が理解できます。
宮崎監督も魅了された富士見町、井戸尻遺跡
その中でも宮崎駿さんの講演は必読です。「富士見高原はおもしろい」とのストレートすぎるタイトルが付いています。出だしから『ときどき考古館に押しかけて勝手な妄想をしゃべって、お茶などをご馳走になっていたものですから、断りにくくて(笑)』(「甦る高原の縄文王国 P71)という宮崎さんが井戸尻に愛着を持っている様子が伺えるエピソードで始まり、井戸尻遺跡の発掘を指導していた藤森栄一さんとの出会いや富士見高原のカラマツの話、標高1200メートルのところにあった集落、稗之底の考察など富士見町民よりも詳しいに違いない宮崎流富士見ワールドが展開されています。ここで思わず脱帽してしまうのは宮崎さんが、あの分厚い「富士見町史(上)」を読んで、富士見の街の成り立ちや歴史を研究されていることです。文中にも書かれている通り「富士見町史」はとにかく重たく、しかも厚さが10cmくらいあって、恐らく町民の半数も読んだことがないような代物です。この本を丹念に読み込んで、富士見高原の地形や暮らしを読み解いています。富士見への愛というか、その探究心旺盛な姿勢がジブリの作品を作るエネルギーの源なのかと思えるくらい、詳細かつ想像力豊かに富士見町のことを調べられています。
まだまだある!諏訪信仰、縄文土器の図像学、石器農具
「甦る高原の縄文王国」の内容は、宮崎さんの話以外にも魅力的な講話が数多く収められています。山梨県出身の文化人類学者・中沢新一さんは民俗学者・柳田国男が提唱した石神問答からミシャクジ信仰や諏訪信仰、縄文土器に描かれた精神世界を読み解き、また藤森栄一さんの後を引き継いだ『藤森栄一以後の縄文農耕論』をテーマにした座談会では石器農具の形から農耕の様子を探っています。
何か理由を作って、もう一度甦らせませんか?
結論としては「甦る高原の縄文王国」は井戸尻遺跡や縄文文化に興味を持った人はまず最初に読んでほしい本です。これを読めば、どれだけ多くの人が井戸尻遺跡に魅せられたのかも分かりますし、宮崎さんの講演を読めば富士見町の歴史まで分かります。
そろそろ、この本が刊行されてから13年が経ちます。この間に新たに八ヶ岳に移住してきた人も多いので、何か理由を作って、また大規模な講演会をやりませんか? タイトルはズバリ「再び!甦る高原の縄文王国」でどうでしょう。その時には、また宮崎駿さんや中沢新一さんにも登壇してほしいですね。ライブやワークショプがあってもいいかもしれません。
今でも井戸尻遺跡で提唱されている縄文農耕文化論や縄文人の精神性に関する研究は色褪せていません。「甦る高原の縄文王国」に収録された人たちだけでなく、今の若い世代の人たちも、この地域に価値を見出して行動しているように感じ取れるからです。どこか井戸尻遺跡や八ヶ岳高原には人々を惹きつける普遍的なエネルギーのようなものがある気もします。
「甦る高原の縄文王国」は、井戸尻考古館で購入できるほか、富士見町図書館でも読むことができます。ぜひ手に取って、高原の縄文王国の不思議な魅力を味わってみてください。